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楠風荘について想う

才門俊文建築設計事務所
所 長 才門 俊文

 
 楠風荘、上之茶屋、東屋等の新築、春秋庵改修工事にと色々と二十年以上に渡り設計・監理の立場で関わらせて頂いてまいりましたが、今回は楠風荘について少しお話をさせて頂こうと思います。
 楠風荘を平安郷に建てたころは、私がまだ山本興業株式会社の常務取締役であり数寄屋建築設計事務所の所長であった2005年で、今の高市早苗首相ではありませんが、日々の睡眠時間が3時間ほどで、寸志を惜しんで日々の仕事に没頭していたころでした。
 その当時の部長から「楠風荘の建築にあたって、飛騨高山に解体した民家があるので、現地に行って見てそれを解体した地元の業者と話し合って、設計に即して建てられるようにして欲しい」とのことでした。早速飛騨高山に向かい工務店の棟梁に案内して頂き、作業場に入りました。そこには解体された年季の入った材料(古材)が整然と並んでいました。それを1本1本腐れや仕口の位置を確認し、どの向きでどのように使えるか持参した設計図面に照らし合わせました。あとでそれが建っていた当初の写真を見ると、それは、それは立派な大きな萱葺の民家でした。
 この工事はある意味、NHKで放送されている『プロジェクトX』のような特別な工事で、当時の部長からは「古民家の解体から墨付け、構造部材の加工し、それを京都まで運搬し平安郷の敷地内に建てるまでを飛騨高山の業者。骨組(構造材)が建った状態で、京都の業者が引継ぎ、最後の仕上げまでを受けもって完成させる。」という要望でしたが、正直熟練の職人はプライドが高いし、岐阜と京都ではやり方も進め方も違うので上手くやっていけるのか不安でした。
 人のやった仕事を途中で引継ぎ完成させるということは、建築工事においては稀で、普通は嫌がりますが、先ずは飛騨高山の業者の棟梁にお会いして、材料も見せてもらった上で最終決定することにしました。
 実際、現地で棟梁にお会いすると気持ちの良い方で、作業場に並べた古材を見て、どのように使うか話をしていくうちに、このプロジェクトを進めようという気になりました。
 計画している楠風荘の柱にはどの部材を充て、梁・桁にはどの部材にするかは、古材を上から下から、場合によってはひっくり返してもらったりし、1本1本役割を決めていきました。図面と古材との照合も終わり、これからのスケジュールに関してもお伝えして作業場を後にし、帰りの電車の中で一人平安郷の地に建つ姿を想像し、胸が高鳴ったのを今でも忘れられません。
 数か月の後、高山から仕事がなされた古材を荷台一杯に積まれたトラックが平安郷に運び込まれ、京都の職人も手伝い今現在立っている場所にテンポよく見事に組みあがっていきました。飛田高山の作業場で見た、あの黒く大きくて重い材料が、広い平安郷の地に建つと案外とこぢんまりとした姿に見えたのには驚きました。
 ここで飛騨の大工さんの仕事は一区切りつき、その後を京都の業者(山本興業株式会社)に引き継がれました。屋根の工事は、萱葺の部分と瓦葺、銅板葺に分かれていますが、一番印象に残っているのが萱葺工事で、当時四代続く萱葺の斎藤進(萱金)さんにお願いして、屋根を葺いてもらいましたが、現場に来ていた職人の親子が屋根の格好を形作る作業で、両側の妻の部分にはさみを入れていた時でしたが、実際に自分(親方)がはさみを入れている方と息子が入れている側の角度が微妙に違い、息子が作業している方に行き、えらく𠮟っていたのを昨日のことのように思い出します。実際、伝統技法というのは学校で机に向かい学ぶというものでは無く、かといって現場で先輩から手取り足取り教えてもらえるものでもございません。要は見て習っていくことで、実際に仕事をしながら覚えていきます。このように間違っていれば怒られるということです。現在ではなかなか仕事上のコンプライアンスがあり、このような光景は見られなくなりましたね。
 工事は京都の一流職人が関わっていますので、手際よく進んで行き想定期間内に完成となりました。最後に楠風荘内の照明器具のこととなり、天井から吊るすペンダント照明について考えていた時に、当時の部長から「最後に、ここの照明器具について考えていることがあるので、私から支給しても良いか?」ということでした。どのような照明器具になるのか心配しておりましたが、古い一文字笠に白熱電球が取り付いた、いかにもレトロな風情のある照明器具で、楠風荘の雰囲気に素晴らしくマッチしたものでした。数があったので当時の部長に「よくこれだけ集められましたね。」とお聞きすると、「全て同じ形の同じ大きさの一文字笠の古いものを集めるのは、苦労しました。」と仰っておられたのを、ここを訪れる度に思い出します。
 楠風荘は、飛騨高山の古材から始まり地方の職人と京都の職人のコラボレーションで出来上がり、私や当時の部長をはじめとした平安郷建設の関係者の想いを込めて造り上げた結晶です。どうか楠風荘にこれから関わっていかれる方も利用される方々も、この建物に関わった我々の気持ち(想い)を感じ取って頂き、次の世代に繋げていって頂くことを切に願い祈っております。
 

令和7年11月28日