明主様のみあとを巡りて
日本にのみあることを聞きてより心してみる藤の花はも
このお歌は、明主様が昭和8年に発表されたお歌で、歌集「山と水」の「藤」という題で掲載されています。藤はマメ科フジ属のつる性植物で、歌意の通り日本の固有種で新五千円札(津田梅子)にもデザインされています。名前の由来は、藤の花が風で「吹き散る」とから「フヂ」となり「フジ」へと変化したという説があります。ノダフジの由来は、関西では摂津の国(現在の大阪市福島区)の野田村が「奈良・吉野の桜、京都・高雄の紅葉、大阪・野田の藤」と言われるほどフジの名所だったことにあります。
聖地平安郷では、庭園南側の鏡池の藤棚で5月の連休の頃に長さ70㎝ほどの花を咲かせますが、この藤は平成9年に春日部市が市民に抽選頒布した特別天然記念物「牛島の藤」の接木を在住信徒が入手、献上されたものです。親木の花房は2m以上もなり「九尺藤」と呼ばれていますが、明主様も春日部を訪れられた際(年代不詳)、この「牛島の藤」を愛でられたということです。
さて、京都では花房が長い藤と言えば、宇治・平等院の「地ずりの藤」です。長さ1m以上の花が棚から文字通り地面に着く位まで垂れ下がります。この寺院は、『源氏物語』終盤のエピソード「宇治十帖」の舞台にもなっており、主人公・光源氏のモデルとされる源融が実際に別邸として所有していたそうです。その後に、摂政として権勢を振るった藤原道長の手に渡り、1052年に、道長の長男で関白だった頼通が寺へと改修したことが起源とされています。
この平等院が創建された1052年は、釈迦の教えが衰滅し始める末法初年ともいわれ、世の中が危機感に包まれる中、「阿弥陀如来を信仰すれば、死後に極楽浄土へ行ける」という教えが流行し、平等院創建の翌年に完成した「阿弥陀堂」は「鳳凰堂」とも呼ばれ、十円玉には建物全体が、旧一万円札(福沢諭吉)には、鳳凰像本体がデザインしてあります。本尊・阿弥陀如来坐像は、平安時代を代表する仏師・定朝の作で、頭や胴体を分割して制作し、それらを合わせて一体の像にする寄木造りという技法で作ってあります。
明主様は昭和27年4月30日に平等院を来訪されておりますが、この(改修前の)阿弥陀堂と阿弥陀如来坐像について、それから宇治の平等院の宝物ですね。その中の大きな阿弥陀さんですが,これは藤原時代の非常に柔らかい感じが実によく出ている。これは私は……御堂もちょうど,そう大きくない御堂で,その仏体だけが入るだけの御堂ですが,前なんか……天井なんか赤い絵がいっぱい画いてある。それがかまわなかったので破損して,絵なんか判らないくらいです。あれは,なんでも先方では離すような意向があるように聞きましたが,離すようだったらあれを買って,そっくり京都に移そうかと思ってますがね。これはすばらしいものですね。(昭和27年5月6日) と仰っておられます。
明主様へご報告されたみなさまの声
【宿泊奉仕】
- 桜が満開、レンギョウも黄スイセンも咲きほこり、遠くの山並みの山桜も美しく、天国を思わせる平安郷でした。明主様が神定めなさった聖地を、美しく整えてお迎えしてくださることに感謝しかありません。仏教美術館建設に向けて動き出さねばならない時です。S・M(鳥取)
- 私にとって平安郷は、学生の頃学錬など、御奉仕が身近な場所でしたが、この二十年くらいはご奉仕が許されていなかったので、今回ご奉仕が許されたことが本当に嬉しいです。二十数年ぶりの泊りの御奉仕で緊張していましたが、皆様にとても親切丁寧にサポートしていただいたおかげで無事にご奉仕を終えられました。許されればまた何度でも来たいと思いました。K・H(神奈川)
- 入所参拝時にトルコ国旗が掲げられていたり、三日間は日系ブラジルの若手二人と共に奉仕を許されたりと、世界中の方々が平安郷を訪れていると感謝・感激でした。また、美術館のグランドオープンが来年十月とのお話で、平安郷建設奉仕がワクワクしてきました。楽しみが増えました。感謝です。T・N(静岡)
平安郷建設奉仕隊の募集
二泊三日の奉仕隊を募集いたします。庭木の手入れや木竹工芸、苔庭手入れなどです。一泊二日や日帰り奉仕をご希望の方もご相談ください。
- 第11期 9月18日~9月20日
- 第12期 10月16日~10月18日
- 第13期 11月27日~11月29日
- 第14期 12月18日~12月20日
平安郷修養会の募集
修養会は、平安郷庭苑や建造物のこと、また平安郷建設の意義や、美術館建設の願いを学びます。そして抹茶や自然食を楽しみ、また春秋庵での参拝、明主様とのご面会を通して、霊性の向上が許されることを願い開催しております。
- 第10期 7月14日~7月15日
- 第11期 9月12日~9月13日
- 第12期 10月20日~10月21日
- 第13期 11月10日~11月11日
※募集事項のお申込みは、各拠点から事務センターを通してお願いします。
コバちゃんのひとりごと
京菓子「からごろも(唐衣)」
きつつなれにし
つましあれば
はるばるきぬる
たびをしぞ思ふ
と、歌意は、「唐衣を着慣れるように、慣れ親しんだ妻を一人都に残してきたので、はるばるこんなに遠くへきてしまった旅を(悲しく)思うことだよ」ということです。
この歌をきき、業平と一緒にいた人々は旅愁の思いにかられて、涙を流したとなっています。
「か」「き」「つ」「ば」「た」・・・このように、各句の頭の文字をとって読むと意味をなす言葉になるようにする技法を、文法では「折句(おりく)」といいます。
ここで言う「からぎぬ・からごろも(唐衣)」とは、平安時代の十二単のいちばん上に着る丈の短い衣をいいます。その形から、この和菓子は燕子花の花ですが、京都では、敢えて上下を逆にして出すことが多いようです。