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平安郷だより 3月号 (2026)

明主様ご西下の思い出 

神戸の白鶴美術館にて・・・

箱根美術館
白鶴美術館

 
 今回は先ずは、MOA美術館の立ち上げにご尽力された先達の学生時代のお話からです。 
「昭和26年5月31日のことです。当時、私が通っていた中学校の近くに、日本有数の東洋美術の名品を持つ「白鶴美術館」があり、明主様が関西へご巡教される時に立ち寄られるということを聞きました。私は何とかお側(そば)近くで明主様を拝したいと考え、学校の美術クラブの先輩の一人が白鶴美術館で勉強しながら手伝いをしているのを知ってその人に頼みこみました。当日、白鶴美術館へ行くと、大勢の信者の人達が周辺の道につめかけており、とても子供の自分の場所はありません。先輩は、私を正面の門から離れた、特別のお客様だけのための小さな通用門を入った美術館本館の小さな扉の前にある石段の隅につれて行って、「ここに隠れていればよい」と言ってくれたのです。 
私はそこに小さくなってしゃがみこんで、じっと時の来るのを待ちました。やがて遠くからざわめきが起こり、車の到着した音が聞こえ、そして砂利を踏む明主様の足音が近づいて来ました。私は頭を下げておじぎをしながら、扉の石段に顔を近づけて、その一点を見つめました。ついに、その目の前を、私が見つめているところを、明主様が石段を上って行かれる、その足を私はたしかに見ました。この瞬間、私の魂は震え、体は熱くなり、たった今、目前を過ぎて行った明主様の足袋(たび)と草履(ぞうり)が静止した絵となって刻明に脳裡に灼きつけました。これが私の子供の頃の明主様の大切な大切な思い出となりました。」ということです。 
 この白鶴美術館に関して、明主様は「神山荘……神仙郷の庭はほとんど完成し、いま美術館をやっているが,(中略)来年箱根へ移るころは落成式になろう。この美術館は全部私が設計する。専門家の設計はどうも気に入らぬ点が多い。今後の設計はたいてい私がすることになる。もはや設計図もできているが,今日諸士に見せるつもりだったが,図面が建築屋のほうにあるので,次の機会にする。この美術館もおそらく日本一であろう。この間関西に旅行し,神戸の白鶴美術館を観たが,たいへん参考になった。いままで、美術館を造るうえにおいて一つどうかと思ったことが、あそこへ行って分かり、たいへんに参考になった。ここへ美術館ができて,初めて神苑の天然の美に対して,人工美が加わるわけであるから、ここに自然と人工と相まった,理想の地上天国の模型ができあがるわけである。」と昭和26年6月15日の箱根日光殿増築落成祝賀式の御講話で仰っております。 
 では、なぜ明主様は、箱根熱海の両地上天国(聖地)に美術館を造られたかというと、「わが救世教は、いままでの宗教には見られないほどの関心事を持って、芸術を扱っており、奨励している。とはいうものの単に芸術といっても、上中下の段階がある。同じ芸術でも低いのになると、反って人間を下劣にし、堕落に導く危険さえあるので、これは警戒の要がある。そこでどうしても楽しみつつ、情操を高めるという高度の芸術でなくてはならない。(中略)この意味において本教が地上天国と、それに付随する美術館を建設し、右の欠陥を補うべく現在実行しつつあるのである。(後略)」(昭和27年4月30日)と、地上天国(聖地)建設には美術館建設が欠かせないものであると述べておられます。箱根美術館が開館して今年で七十余年、明主様の御心具現のため、平安郷美術館(仮称)建設にむけて、私たちの情熱を注いでいきましょう。 

明主様へご報告されたみなさまの声

【一般公開来聖者の声】 

  •  「目線によって変わる景色」

砂利石の上にしゃがみ、低い位置で周囲の木々を見渡すと、そこにはこれまで見ることのできない風景がありました。根本から分かれる枝、もっと高い位置から分かれる枝、それらは四方に伸びていながら上に向かっておりました。また、その枝を覆う苔の薄緑色に輝く色彩は、木々の年月とその生命を感じさせてくれるものでした。目線によって、景色が異なる美しさに気づき、平安の文字のごとく「たわやかな」心を常に持ちたいと思いました。 
※たわやかさ=しなやかで優雅なさま。 

  •  「雨のそぼ降る庭園美」

来るまでは「あいにくの雨」と思っていましたが、春遊亭から見る「雨の庭園」は美しく洗い浄められ、私の心まで洗い浄められました。小さい石のふみしめる音、まるで天国の地に身を置いているような幸せを感じ至福の時を過ごさせていただきました。                  ※そぼ降る=雨がしめやかに、しとしと降る様子。 

  • 「忘れていた大切な優しさ」

久しぶりに京都に来ました。庭園も周辺の山々も広沢池も桃源郷のような美しさで、足取りも軽くなりました。土の臭いがして、水が流れて、風の音を聴いて、童心に返った感じでした。自分が忘れていた大切な優しさ、思いやりを感じ、安心の心境になれました。 

  •  「嫌味のない和風庭園」

教祖様が、ここは純和風の物を造るとおっしゃったと言うことですが、私は和の雰囲気が今までいまひとつなじめない感じがしていました。しかし、ここの和はどうして嫌味がなく好感が持てるのかわからなかったのですが、今まで私が和と思っていた物は「純和風」ではなく従来ある中華風や西洋風の庭園のイメージが混ざっていたからだとわかりました。ここに来て、さっぱりとした和風の心地よさに気づかせて頂きとても良かったと思いました。これからこの日本文化を世界に紹介していく必要性を感じることができました。 
 

平安郷建設奉仕隊の募集

二泊三日の奉仕隊を募集いたします。庭木の手入れや木竹工芸、苔庭手入れなどです。一泊二日や日帰り奉仕をご希望の方もご相談ください。

    • 第  9期   5月15日~5月17日
    • 第10期   6月19日~6月21日
    • 第11期   9月18日~9月20日
    • 第12期 10月16日~10月18日
    • 第13期 11月27日~11月29日
    • 第14期 12月18日~12月20日

平安郷修養会の募集

修養会は、平安郷庭苑や建造物のこと、また平安郷建設の意義や、美術館建設の願いを学びます。そして抹茶や自然食を楽しみ、また春秋庵での参拝、明主様とのご面会を通して、霊性の向上が許されることを願い開催しております。

    • 第  8期   5月12日~5月13日
    • 第  9期   6月20日~6月21日
    • 第10期   7月14日~7月15日
    • 第11期   9月12日~9月13日
    • 第12期 10月20日~10月21
    • 第13期 11月10日~11月11日

※募集事項のお申込みは、各拠点から事務センターを通してお願いします。

お知らせ

岡田茂吉記念館 「春の展示」開催のお知せ 
日時 令和8年3月27日(金)から4月7日(火)まで。※会期中は休館しません 
開館時間 10時から16時まで(入館15時30分まで) 
〈主な展示内容〉  
展示室  御光筆「春光」「春山秋水」「光風明月」、遺品 花籠 
展望ロビー  明主様紹介パネル、嵯峨・廣澤にこがれて「平安京の礎を築いた秦氏」 
展望フロア  箱根・熱海・京都の聖地紹介パネル ギャラリー  

コバちゃんのひとりごと

  

「サクラ」の名称の由来は、一説には「咲く」に複数を意味する「ら」を加えたものとされ、元来は花の密生する植物全体を指したと言われています。他説として、春に里にやってくる稲(サ)の神が憑依する座(クラ)だからサクラであるとする説や桜の霊ともいわれる木花咲耶姫(このはなさくやひめ)が、霞に乗って富士山の上空から桜の種をまいたとされている古事記や日本書紀が由来であるとの説があります。 
 
桜が基本的には標高300m以内しか育たないのは、密を吸い、花粉をつけてくれる小鳥の生息圏が300m位だからです。それ以上は猛禽類(モウキンルイ)=鷲(ワシ)や鷹(タカ)がいるから小鳥は食べられてしまいます。ちなみに、嵐山は標高382mです。では、ここで問題です。「小鳥遊」と書く苗字は何と読むでしょうか・・・・・・正解は、「タカナシ」です。小鳥が自由に遊べる、天敵である鷹がいない状態、つまり「鷹無し」からきています。和歌山県那智勝浦町にごくわずかにある苗字だそうです。 
 
記念館の住所は北下馬野町(きたげばのちょう)ですが、これは、地域の長老さんの話によると、昔ある有名なお坊さんが桜にみとれて馬から落ちたからだとか…。本当は下馬野ではなく、落馬野ですが、落馬野では格好がつかないので下馬野になったのだそうです。ちなみに、一般的には大覚寺に参拝する時に、貴人も庶民もここで馬を降りて、輿(こし)に担(かつ)がれたり、歩いたりして向かったことから、この町名になったとされています。つまり、今で言うと駐車場ですね。古(いにしえ)の時代から一条通りより北(平安郷庭苑側)は聖域だったようですね。