明主様ご西下の思い出
五六七(みろく)の年を経て・・・
明主様は昭和28年の新年のお歌で「二十(ふたそ)廻(ま)り五六七(ごろくしち)の年を経(へ)て開けゆくらめ八字(はちじ)の姿に」とお詠みになり、昭和25年・6年・7年のミロクの年を経て8年で教線が開けるとご示唆されています。事実、この年の1月1日には「アメリカを救う」を発刊、2月にはハワイに布教師を派遣されます。そして、4月8日は初めて平安郷・春秋庵に初めてお泊りになりますが、当時、奉仕にあがられた先達の先生の手記をここで紹介いたします。
「私が15才の頃ことです。明主様が平安郷に来られ、春秋庵でひと晩お泊まりになりました。私は警備の奉仕でしたので、一晩中起きて警戒すると共に、明主様の眠りの邪魔にならないよう、庭から裏の山の中までパトロールをしていました。夜中に鳥や獣などの声がしないようにするためです。明け方になり、上司の先生が私を春秋庵の裏に呼び出して、新しい指示を出しました。それは、『明主様の休んでおられる部屋に太陽の光が少し差し込むので、太陽の光の眩しさが、明主様のお顔に当たって眠りを妨げてはいけないから、それを防ぐように』というものでした。 私は長いハシゴを運んできて、太陽の光が差し込むと思われる窓に紙を貼ろうと考えました。用意を整えて私はハシゴを上り、その窓から中をのぞきこみました。太陽はまだ出ていませんが、明け方の薄明るい部屋の中で、(春秋庵正室のご面会用テーブル東側の畳に布団を敷いて)明主様が眠っておられるのが見えました。私は何も考えないで、暫く明主様のお顔を見ていました。ただ、見ていました。そして、窓に紙を貼りつけて、ハシゴを下りました。私はこの出来事を『私が明主様を見たのではない。明主様が私に何かを教えようとされて、ご自身のお顔を私に見せてくださった』と感じて、私は全てを捧げて専従の道を歩むことを決意しました。ということです。
この二カ月後の6月15日には、箱根地上天国完成祝賀(第一回地上天国祭)が斎行され、10月には熱海の救世会館上棟祭が執り行われています。このように昭和28年は聖地建設と海外布教がリンクした年でした。
明主様は「仏教を救って、次にキリスト教を救わなければならないのです。(中略)それからマホメットと、この三大宗教です。それを霊的に救って、それから本当に人間が救われるのです。(昭和28年4月17日御教え集21号)と仰っています。そこで、令和五六七(みろく)の最後の年、令和7年の平安郷に関わるの出来事を建設と世界布教の視点で振り返ると、3月18日に研修センター御神前にて+トルコ(イスラム圏)の方に特別拝受式が行われ、4月1日には平安郷建設準備員会を発展的解散、新たに平安郷建設委員会が発足し、8月にはトルコで現地拝受式が行われました。9月7日には、ハワイのいづのめ教団の拠点が活動を再開、10月1日には世界布教委員会が発足、12月23日の143回目の御生誕祭には、平安郷美術館(仮称)建設趣意書が発行されました。
今年、令和8年は明主様の干支である「午(うま)年」です。また、宮中の歌会初めのお題は「明(めい)」です。昭和28年の聖地建設と世界への教線拡大の御事績に神倣(かんなら)い、令和八年の発展を願って平安郷建設に私たちの誠をより一層捧げていきましょう。
明主様へご報告されたみなさまの声
【修養会】
- 明主様が世界展開する上で必要な「土の聖地平安郷」。明主様が見て、感じられた変わらぬ風景、その位置に立ち少しでもその御心に接しられた喜びがありました。亡き妻が見て触れていた、行動していた平安郷に一歩ずつ接していく事により、地上天国建設に向け、信者皆様と同化した思いや行動、今後の自分の在り方を考える機会となりました。T.T(三重)
【宿泊奉仕】
- 久しぶりの平安郷宿泊奉仕、一人で家族とも離れての非日常の生活に身を置いて神様のもとにいられる感謝と、日常での家族への感謝を思う日になりました。明主様が許して下さってここに来させて頂いたことを思い、また明日からの日常の生活に出発させて頂きたいと思います。S.N(大阪)
- 毎回平安郷に来る毎にすがすがしい気持ちになります。今回は草もみじの清掃をさせて頂きました。どんどん清められ綺麗になっていくのを見ると嬉しくなりました。世界地図でいうと今どこを綺麗にしているイメージかな、と話しながら楽しく奉仕させて頂きました。ありがとうございました。S.S(愛知)
- 初めて平安郷の奉仕に参加させて頂きました。自然美と人工美との調和がとても素晴らしく、この空間にいるだけで心身ともに癒されました。そんな環境の中で奉仕させて頂けたことに感謝でございます。また参加させて頂きたいと思います。H.Y(愛知)
平安郷建設奉仕隊の募集
二泊三日の奉仕隊を募集いたします。庭木の手入れや木竹工芸、苔庭手入れなどです。一泊二日や日帰り奉仕をご希望の方もご相談ください。
- 第 9期 5月15日~5月17日
- 第10期 6月19日~6月21日
- 第11期 9月18日~9月20日
- 第12期 10月16日~10月18日
- 第13期 11月27日~11月29日
- 第14期 12月18日~12月20日
平安郷修養会の募集
修養会は、平安郷庭苑や建造物のこと、また平安郷建設の意義や、美術館建設の願いを学びます。そして抹茶や自然食を楽しみ、また春秋庵での参拝、明主様とのご面会を通して、霊性の向上が許されることを願い開催しております。
- 第 8期 5月12日~5月13日
- 第 9期 6月20日~6月21日
- 第10期 7月14日~7月15日
- 第11期 9月12日~9月13日
- 第12期 10月20日~10月21日
- 第13期 11月10日~11月11日
※募集事項のお申込みは、各拠点から事務センターを通してお願いします。
コバちゃんのひとりごと
南天の 姿愛(め)ぐしも花のなき 冬の庭辺(にわべ)の乙女(おとめ)なるらん
明主様詠
南天はメギ科の常緑低木です。六月頃、枝の先に小さな白い花が多数咲き、十一~十二月頃になると果実が赤く実ります。日本では南天は「難転」(=難を転じて福となす)に通じることから、縁起木として親しまれてきました。そのため、茶室数寄屋の材料としても古くから使われています。中でも銀閣寺の茶室・夕佳亭(せっかてい)は有名です。現在では果実が白い「シロミナンテン」もあります。平安時代に咳止めの生薬として、また、観賞用として中国から伝来したとされていますが、中国では「南天竹」「南天竺」などと明記されます。日本名の「南天」は「ナルテン」「ナッテン」などが訛(なま)ったものだとされています。ちなみに、英語名は、「Sacred bamboo」(聖なる竹)「Heavenly bamboo」(天国の竹)と言われています。南天には何かしら神秘的なイメージがあるのでしょうね。
この時期に同じような赤い実をつける木に万両(ヤブタチバナ)や千両(クササンゴ)がありますが、万両はサクラソウ科で果実は葉の下に垂れ下がってつきます。一方、千両はセンリョウ科で、果実は葉の上につきます。楠風荘の周辺には、他に百両(カラタチバナ)や十両(ヤブコウジ)もあります。